2014年9月1日月曜日

いじめに介入 学校への申し入れ

 

「虐め」を解決するよう学校に申し入れる場合も、ただ「何とかしてください」では、まず動いてもらえません。むしろ、学校もどう動いていいのか解っていない場合があります。

そのため、学校への申入書には、具体的な実施してもらうべき対応策を盛り込む必要があります。

 

被害者の人権が損なわれることの無いよう、充分な見守りを行ってください。


まずは、安全の確保です。大人に知れたことで、被害者が報復を受ける可能性があります。

関係者から話を聞き、加害者に被害者がどれだけ嫌な思いをしているかを充分に説明してもらってください。

教員が関係者から話を聞くことは、加害者への牽制となります。加害者が話を聞いて、被害者の気持ちを理解してくれるかは、加害者の資質と教員の力量によりますが、最も良い解決は行ってしまったことを理解し、心からの謝罪をしてもらうことです。

 

生徒に「いじめ」があったこと、それに学校全体で取り組むことを宣言してください。


ここは学校にとって抵抗のある部分かも知れません。しかし、虐めを解決するにあたっては、傍観者となっている子ども達の協力が欠かせません。

虐めは、どの学校でも起こりうることです。虐めがあったとき、どの様に対応するかが明暗を分けるのです。

加害者を糾弾するためではないので、誰がどのようにを公開する必要はありません。むしろ、しない方が良いでしょう。それよりも、虐めに学校として取り組むことを宣言することにより、傍観者となっている子ども達に勇気を与え、一緒に問題解決に進むことが大切です。

 

生徒全員にアンケートを実施し、匿名通報の仕組みをつくってください。


これらは「いじめがあったかどうか」を調べるものではありません。結果いかんで、教師の責任を追及するものでもありません。そのようなアンケートは、学校の態度を硬化させ、下手をすると隠ぺいに走らせてしまう可能性があります。

これらの目的は、傍観者になってしまっている子ども達に「大人に報告するだけでいい」ということを分かってもらうための仕掛けづくりなのです。

周囲の人間が、傍観せず、その場で止められなくても大人に報告するだけでも、虐めの起こりにくい風土が作れます。

 

人権教育として「虐め」について各教室で話し合ってください。


ここでの教育は加害者を矯正するものではありません。もちろん、加害者の人権意識を醸成することは大事ですが、時間がかかることも事実です。

しかし、加害者の勢いをそぐことにおいて、周囲の子どもたちを傍観者から脱却させることは有効です。

心の中では、傍観している自分を責めている子どももいます。そういった子たちに「大人に報告すればいい」「後になっても被害者に声をかけるだけでもいい」と知ってもらうことで、被害は格段に抑えられます。

 

それでも「虐め」が収束しない場合は、加害者を隔離してください。

これは最終手段です。それも、実際に子どもに対して、人生をもって後悔し反省するほどの罰を与えることは難しいと言わざるを得ません。

被害者やその保護者からすると、加害者を厳しく処罰してほしいという気持ちはあるかもしれません。しかし、罰を受けても、また「虐め」を繰り返す恐れもあります。別の子どもが加害者になることも考えられます。

最初から「厳罰」を求めると、かえって被害者の子どもが学校に居づらくなる可能性もあります。あくまで隔離は緊急避難として、学校側には学校の風土をかえる努力をしてもらった方が得策です。

 

 

 

学校で出来る、学校にしかできない、「虐め」の対策は傍観者となっている子どもたちを変えることです。

傍観者は、加害者でもあります。見ている者、時には囃し立てる者がいるから、加害者は「虐め」をエスカレートしていきます。別の見方をすれば、観客が居なければ加害者も力を失います。

傍観者は、被害者でもあります。「何もしてあげられなかった」という思いは、その子どもを深く傷つけます。

傍観者は、多数派です。この子たちを味方に変えることで「虐め」は防ぐことが出来ます。ただ、傍観者は何をどうしたらいいのか知りません。「虐め」に対応できない学校も、その意味では傍観者です。

彼らを変えることができてはじめて、学校に申し入れをする意義が生まれると言えるでしょう。

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