2013年12月10日火曜日

自衛隊と憲法9条と特定秘密保護法


“われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。”

 

秘かな軍事国家化

 特定秘密保護法が可決されました。これは、民主主義と平和主義への秘かなクーデターの始まりです。後述することになりますが、この法律によって一般国民は、国の違憲な軍事行動を止めるすべの大半を失いました。

 もし改憲がなされ自民党草案、特に自民党憲法99条(緊急事態宣言)が創設されれば、そのクーデターは完成を見るでしょう。この自民党憲法99条は、緊急事態が宣言されたとき、内閣に法律と同等の政令を発することを認めるものであり、ナチスドイツが実権を握った全権委任法(民族および国家の危難を除去するための法律)を彷彿とさせるものです。

 

自衛隊の存在自体は合憲だとは思う

 少し個人的な立場を表明しておきたいと思います。

 現在、自衛隊は憲法9条2項に「前項の目的を達するため、」という一文が挿入されたことをもって肯定されています。これは芦田修正と呼ばれ、軍事力を放棄させられる日本に自衛権を保存しようという目的で挿入された一文です。

そして、僕もその解釈に賛成の立場です。

 

集団的自衛権は限定すべき

 集団的自衛権については、必要性が見えないという意味で反対です。

 米軍との共同行為中に自衛隊だけは攻撃を受けないという事態は考えられません。中東や北朝鮮からアメリカへ向けて発射されたミサイルを日本が撃ち落とすことが出来るのならば、米軍は余裕をもって太平洋上で撃ち落とすことが出来るでしょう。

 そもそも、そんな技術があれば核の傘に守られる必要すらなくなります。もちろん、現状不可能でも予算をつけて、そのレベルのミサイル防衛を敷くこと自体には反対ではなく、むしろ急務だとは考えていますが。

 

 ただ、日本の刑法上、正当防衛にあたる「第三者への急迫不正の侵害」を除去するための自衛権は保持しても、その防衛行為は国権の戦争発動や交戦権には該当しないとは思います。

 しかし、禁止すべきは制裁戦争中の同盟国に対する集団的自衛権です。これは、暴行を加えに行っている第三者への加担であり、過剰防衛(むしろ集団暴行)に当たるでしょう。制裁という行為は、急迫性の不正な侵害に対しやむを得ずにした防衛行為の域を超えるものだからです。

 

決して持ってはいけない制裁権

 自民党憲法にも明記はされていないのですが、解釈により自民党憲法は「制裁権」の行使を容認するものとされています。

 現阿部政権、自民党の改正案の意図は、個別的自衛権だけでは積極的に国際紛争に関われないということなのでしょう。憲法的に見れば、9条よりも前文の「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」を重視しているというところでしょうか。

 しかし、武力行使できれば国際貢献できるなどというのは幻想です。

 アメリカのベトナムでの苦悩、アフガニスタンでの泥沼化、イラクの多くの民間人犠牲者、どれを見ても貢献できているとは言い難い。シリアへの介入を躊躇したオバマ大統領の姿勢を見ても、軍事介入による紛争解決には限界が来ています。

 第二次世界大戦のときのように市街地を空襲したり、原爆で軍事施設周辺の都市一つを壊滅させて、戦意をくじくような方法が許されない現代においては、軍事力は紛争解決の決め手にはなりません。

 


 制裁対象国が、不法行為を行ったとしても、それを制裁という武力行使でただすのは憲法9条1項に反します。

 これらの戦災を招く制裁権は、平和主義を憲法に掲げる日本は決して持ってはいけないものです。9条1項は「侵略戦争」のみを排除しているとする向きもあります。しかし、日本は「制裁戦争」も行ってはいけない。その為に、自民党憲法に9条2項を無効化させてはなりません。
「侵略戦争」を行ってはならない。これは、国際的常識であり、平和主義によるものではないのです。

 

 なにより自衛隊にはDDR(武装解除・動員解除・社会復帰)など紛争を終結させる重要な役割があります。この戦災復興の役割は、制裁に加わらない自衛隊の存在が不可欠なのです。

 

特定秘密保護法で、
        制裁戦争への加担を防ぐ手段が無くなった

 現在でも、この「制裁権」や「制裁戦争の中での集団的自衛権」は行使、ないしそれに近いことが行われています。

 これは各地で行われたイラク特措法における派遣差止訴訟からうかがうことが出来ます。

 これらの訴訟では、制裁戦争への加担が憲法違反であることを確認することが求められましたが、いずれも却下又は棄却されています。

「戦争や武力行使をしない日本に生存する権利」などの表現をされる「平和的生存権」は、法で保障された具体的権利とは認められなかったのです。多くの判決が、民事訴訟でも行政訴訟にしても「法律上の争訟」ではないとされています。

 つまり、違憲立法審査権は機能しないのです。

 

 司法によるストップが掛けられない。これは、もう手段が参政権の行使、つまり選挙で違憲行為をした政権を交代させることしか、国民に「平和的生存権」を行使する手段が残されていないことを意味します。

 

 そして、特定秘密保護法により、国民はその判断材料を失ったのです。制裁戦争に加担する自衛隊の派遣を止める術はなく、派遣先の国々で自衛隊がどのような軍事行動をとらされたとしても、それらは国民に知らされることはなく、政府は秘密裏に平和主義を踏みにじれます。

 そして、自民党憲法により日本国憲法が書き換えられたとき、緊急事態を理由に国民に軍事行動を強制することも可能になってしまうのです。

 

「平和的生存権」を願う人々にとっては、既に取り返しのつかない所まで来ているのかもしれません。しかし、改憲が成ってしまえば、全国民が取り返しのつかない国家体制に組み込まれてしまうのです。

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