2010年12月22日水曜日

オルタナティブ教育

オルタナティブ教育は、代替教育とか教育選択肢と言い換えられます。
直訳すると「非伝統的な教育」になるそうなので、
それぞれ言い換える立場の思いを反映しているようです。

国や法律上の学校教育の立場からみると代替教育、
フリースクールなど活動の立場からみると教育選択肢となるのでしょう。

ただ、あくまで教育の立場からであって、学習する立場から見れば、一条校(法律で定められた学校)であれフリースクールであれホームスクーリングであれ、選択肢の一つです。
法律的な見方でも、教育する権利は子どもの学ぶ権利に付随するものであって、大人は、その立場と義務の範囲において権限を持つといった判例がリーディングケースとなっています。
ちなみに、この判例では学校選択の自由は保護者の権能とされていますが、あくまで前提になるのは、子ども自身の要求です。

「教育の自由」は誰のものか、が議論された判例ですが、
子どもの学ぶ権利を実現するために、
それぞれの立場で責任を全うするための権能がある。
ということになっています。国家機能としての国にも政策としての「教育」に対する権能があるという結論に至っているため批判もあるようですが、子どもの学びたい気持ちが核としてあり、それを担うために「教育権」はあるというところまで言及しているのは面白いと思いました。


全ての子ども達に合う「教育」を用意することは、
事実上、不可能でしょう。
子どもの個性は、文字通り子どもの数だけあり、
一方、教育を用意する大人の資源は限られています。

それでも、それだけに、選択肢だけは多いほうがいいと思います。


参考)判例「旭川学テ事件」
教育論?に判例はあまり関係がないかもしれませんが、法務関係の勉強をしているときに見つけたので紹介してみました。実際には、教育権が教師にあるか国にあるかが争われた裁判で、元になっている事件は、学力テストに反対する教師が、それを阻止するために実力行使したために刑事罰を問われたものです。
刑事裁判において「学力テスト自体が憲法違反だから無罪」という主張を争う中で言及されたもので、子ども自身にはあまり関係のない事件でありながら、子どもの権利を中心として考えられているところが記憶に残りました。
ただ、その教師が有罪になったか無罪になったかは、参考書にものっておらず、あまり興味もないので調べていません。

0 件のコメント:

コメントを投稿